雇われる側からすると、社畜という種類がいるみたいだね。会社と家畜を合わせて、社畜。経営者としては家畜を飼っているつもりなんてないんだけどね。でも、平社員なんかからすると自由が奪われて、上司の言いなりで働いて家畜みたいってことなんだろうね。
これっておそらく、本人は社畜とは思ってないんじゃねぇか。ただ、同僚に指摘されたら否定もできないような言いなりの働き方にはなってるんじゃねぇのかな。経営者としては、もしも会社が「社畜」だらけだとお先真っ暗だけどね。だって、言いなりっていやぁ聞こえはいいけど、言わなきゃ何もしないってことなわけだろ。思考停止した組織に未来なんてあるワケねぇもんな。
ノーベル賞を受賞した中村修二さん。あの人は、会社のために一生懸命研究を続けていたのに報われず、退社してアメリカへ旅立ったんだろ。スレイブ中村なんて皮肉も言われてたそうだけど、家畜なんて、いつだって飼い主の手を噛むもんだと思うよ。ちゃんと面倒見ねぇとな。
だから、社畜だらけの会社ってのは、経営の仕方の問題だとワシは思う。もともとは能力をかって雇ってるわけだよ。それがいつの間にか、言いなり人間になっちまう。本人の意思というより、会社の雰囲気がそうさせてると思うんだな。
中村さんが社畜だったのかはともかく、ものすごい能力を持ってたわけだろ。それを認めないでやる気を削いじまうってのは、どう考えてもマネジメントミスだよな。もちろん、発明した。すごい。でもそこから収益へ転換するのが一番大変だから、手柄を横取り、というより、これからが大変という意味合いだったんだと思う。
それでも経営者は、そうであってもその価値をしっかりと算出し、それなりの報酬を与えるべきだと思うぜ。だってそうすることで、他の開発者にもいい刺激になるじゃねぇか。俺も頑張れば報われるってな。
研究開発の資金は会社が出した。だから、ご苦労さん。それじゃ、納得できねぇよな。発明の価値を一番わかってるのが研究者なんだから、そんな対応された借金してでも自分でやろうと思っても不思議はねぇもんな。
そういう意味じゃ、経営ってのは、単に社員を歯車のように使ってうまく回すだけじゃ、全然、機能しねぇってことだな。どんな歯車で、何のために回して、どんなスピードで回すのか。そうしたことをしっかりと俯瞰しながら、それでいて、全力でもなく、ほどよい力加減で回転させる。そんな感じじゃねぇと、各社員のパフォーマンスを引き出せねぇし、正当な利益だって生みだせネェ。中村さんの件で改め考えさせられたよ。